[Return] 2006年12月 公式訪問日記
市原中央RC 12月5日(火)
晴れ
前夜、71歳でヨットによる太平洋単独無寄航の記録を達成した村田君の快挙を祝う会に出席し諸々のストレスを発散。二週間ぶりの公式訪問再開。この間、ゾーン研究会、他地区の大会、地区クラブ奉仕委員会、指名委員会などに出席し、多くの情報を得る。
見慣れた面々斎藤ガバナー補佐、温厚な松田会長、才気活発な千葉幹事、北島副会長、池田副幹事と歓談。創立20周年を迎え、5/26に記念式典を行う。市内の道の駅に時計塔を建立する。会員数47名→48名である。本日山本さんの入会式に立会う、43歳。会長・幹事は退会者をださないように細心の注意を払い、素早い行動を起こしている。また各委員長との会合を隔月に開催し、情報の共有を図っている。米山、R財団への実績も大きい。提唱している望洋高校IACとの合同ミーティングを行いよい成果を挙げている。出席率向上のため会長・幹事はいろいろ考えている。
CLPの説明と目的を話す。今までの細分化された委員会であると、殆どの委員会活動が委員長のみで決まり、動いてしまう。委員会の体をなしていないことが多い。CLPの大きく分けた委員会であると委員長の采配で、委員全員で委員会の受持つ分野を話合いで決めていくので委員長の捌き方が肝心となる。これが上手く作用すれば、委員会会議の一部に炉辺会議の要素をかなり持込むこともできると思う。ボトムアップと情報の共有化を同時に図ることが出来る。
総じてクラブは、素直さと謙虚さを備えた雰囲気に満ちていた。これは躍進する大きな要因である。当時のコンビであった鈴木PGと時田元地区幹事長が最後まで協議会に参加していただいたことに感謝する。
市原RC 12月6日(水)
曇り
ついにホームクラブにやってきた。81番目の訪問だ。地区大会を始め幾つものイベント、準備、G事務所としてしなければならないこと等々お世話になった。心から感謝する。斎藤ガバナー補佐、津留会長、西村幹事、角谷副会長、齋藤副幹事と懇談。ガバナーを出していることから、例会の乱れを惹き起すことを懸念していたが、このようなイベントを処理したことによってクラブが自信を持ったと言う会長の言にほっとした。ロータリーと社会奉仕のことで話は白熱した。基本的にはロータリーにおいて自分自身が磨かれ、己の人作りが培われると言う共通の基盤に立たなければ、話は噛合わないと思った。
津留会長は思い切ってクラブの委員会の統合を図り、CLPの採用を試みている。CLPの採用については、数年かけてクラブ内のコンセンサンスを得ながら、細則を改定して完璧を期す方法と、採用に踏み切ってしまい、その都度不都合な所を直していく方法があると思う。前者は相当なエネルギーを必要とするが、完成度は高いと思う。後者は、着手は早いが、年々改良を加えつつ持っていくやり方は難しい面がある。綿密な引継ぎとCLPについての共通の理解を得るための話し合いが不可欠だ。
齊藤PGの面前でロータリーの卓話をすることが面映い。クラブ協議会では、4大奉仕関係を中心とした発表であるが、地区大会など相次いで開催されたイベントのため委員会の活動が殺がれていることに心が痛む。
本当に勇気のある人は他に優しいものだ。優しい人は、他人に致命的なことは言わない。取り返しの出来ないような言葉は慎むべきだ。他山の石としたい。早くクラブの委員会に所属して、皆と委員会活動を楽しみたい。
千葉中央RC 12月7日(木)
曇り
30年目を迎え、地区研修リーダーである増田PGのホームクラブである。中村ガバナー補佐、実直な中村会長、相川幹事、藤原エレクト、市原副幹事と懇談。中村会長は例会をより楽しくし、より活性化するために、プログラムの充実を図っている。100万円の予算を組み、委員に経験豊かな7人の会員を配置している。予算、人員、共に地区内ではトップである。どのように予算を消化し、その効果を知りたいと思う。三木(サンモク)会という名称で定期的に和気藹々とした炉辺会議を行っている。そこではロータリーに関する勉強会と親睦が主である。房総双葉学園での10年来の餅つき大会や桜木養護学校などの支援をしている。今年の餅つき大会は園舎の建て直しのため寿司のご馳走を考えている。若い会員の出席率の低さに悩みがある。原子力発電所の職場訪問と親睦を兼ねた旅行には若い会員の参加が得られ、その辺りに悩みの解決のヒントがありそうだ。
クラブ協議会では、山谷会計長の説明に感心する。また、入会7年目の富永職業奉仕委員長からも見事な発表があった。委員長に決まってから、職業奉仕に関する本を渉猟したという。何か力づけられた。うれしい。73歳の北川国際奉仕委員長が姉妹関係にある台湾高雄中区RCとの交流に本音で実態を話してくれた。「積極」、「消極」、「自然消滅」かの三択である。国外クラブとの姉妹関係を結んでいるクラブには往々にして起きる問題である。前年度、増田PGから勉強会でCLPを既に取上げていたので関心を持っている。私からも一通り説明をした。いずれのクラブでもそうだが、素晴らしい人ばかりだ。親睦、人作り、奉仕活動の活発化がクラブの発展に連なることを願う。
船橋みなとRC 12月8日(金
曇り
これは公式訪問ではない。船橋みなとRCが、佐藤のりこさんによる「ロータリー愛のミニコンサート」を船橋湊中学校の体育館で7年ぶりに復活した。お願いして見学させていただいた。
国分会長以下竹田社会奉仕委員長を中心として、全員が半年前から準備をしてきたイベントである。十年くらい前だが、地区社会奉仕委員会が強力にバックアップして各中学生に大きな感動と与えてきたイベントである。(写真:リハーサル風景)
予想通り、佐藤さんのトークと歌声に、生徒は魅了され、ステージと体育館のフローアーは一体化されてしまい、見学している私たちにもその波動が伝わり、大きな感動を受けた。
佐藤さんの歌とトーク、生徒たちの輝かしい目、真剣なまなざし、それに生徒による見事な三部合唱にに圧倒されてしまった。コンサート終了後の佐藤さんを囲んでの懇談会で、子供たちが印象を語ってくれたが、それもまた感心することばかりだった。トークの中の「勇気と優しさ」、「一寸した一言が他を傷つける」という言葉を噛み締めつつ、音楽の持つ力を感じながら帰る。
船橋みなとRCの皆様に感謝したい。有難うございました。
市川東RC 12月12(火)
小雨
いよいよ83番目、地区内最終公式訪問である。本八幡駅までの送迎に感謝。長島PGのホームクラブ、市川商工会議所の例会場は格安の賃料である、PGの会社が建設された形の良い建物である。
吉岡ガバナー補佐、積極的な阿多会長、経験豊富な松村幹事(2回目)、内田エレクトと懇談、途中から長島PGが加わる。今年度40周年を迎える。チャーターメンバー2名、会員数50名、初代会長は亡き青山幸高PGである。長島PGは吉岡AGの父(第3代市川商工会議所会頭)の紹介で市川RCに入会したという。ロータリーの長い歴史にはこのような人の繫がりがある。
2002年創立の台北市北投RC(会員数85名)と2006年3月に姉妹関係を結んだ。早速、フリッピンのLegazpi Central RC、北投RCと市川東RCの3クラブに現地法人1社が加わり、総額56,500ドルを調達して、雨の降るたびに浸水被害が発生するTagaytay小学校を新しく建設中である。来年4月末に竣工予定という。
クラブ内委員会の活動も活発で出席率も高水準を保っている。クラブ奉仕が活発であれば奉仕活動も比例して活動的である。その逆も真なりだ。ロータリー思想の根幹をなす職業奉仕についてはクラブフォーラムで深堀りをしていく方針を立てて実行している。
例会開始早々二人の会員に金婚式のお祝いを差上げる栄誉を担う。あやかりたい。新会員の世話をパスト会長が担っている。これは見習うべき方法だと思う。ロータリー情報の共有化について月の例会の内1回は、クラブ内の情報交換に供することを提案した。出席率100%を視野において工夫を凝らしている。積極的な会長と幹事の周到な準備にクラブが引き締まっている感じだ。最後の訪問でこのような前途に明るい希望の持てるクラブであって良かった。最後ということであろう懇親会を設けて頂き、花束まで頂戴した。心配りにロータリーの温かい友情を全身で感じ取った。有難うございます。
12月の終わり(半期の終わり)
文字通り駆け足で過ぎ去った1年。国際協議会や地区ティーム研修会に備えての準備を集中して行ったため、1月10日に高熱を発し、2週間ほど床に臥してしまい、WCSのフィリッピン行きをドタキャンしたのが始まりだった。緊張して参加した国際協議会、地区ティーム研修会、PETS、地区恊、その間各種委員会、セミナーと休む間もなくそのまま本番に突入。
7/10千葉クラブの公式訪問を皮切りに83クラブを12/12に終わる。ハードであった訪問スケジュールを無事消化できたことは、各ガバナー補佐とクラブ会長、幹事の方々にお世話になったお陰である。また、家族や地区幹事、事務局員の力強い後押しがあったからである。地区大会、記念ゴルフ大会に関係された各位と地区内ロータリアンの友情とご協力に感謝、感謝、感謝である。
12月は4クラブの訪問であったが、いずれのクラブも会長・幹事との懇談・クラブ協議会では熱が入る。ガバナー・エレクトが未確定のため、83のクラブ公式訪問を終了したという実感を全く持てない。
この月には久しぶりに自クラブに3回出席した。やはり良いものだ。この他ビジターとして4クラブを訪問した。これはガバナー・エレクトに関するためだった。しかし、徒労に帰す。12/29の指名委員会でも大きな収穫なし。責任はガバナーにあると言う。最初からそうであるならば、違った展開をすることができたと思う。RIからの督促状を受取る。未確定のまま年を越すなんて慙愧に耐えない。
このようなことは今に始まったことではない。6‐7年ぐらい前からこの兆候は既に見えていたのに、何ら対策を講じなかった付けが回ってきているだけだ。ロータリアンは経営者である。当然、経営者は時代の変化に敏感に対応し、策を講じていなければならないのに、それが何ていうことだ。
年末には、不祥事から脱することを宣言していたが、できなかった。最終責任者であると言うからには責任を取らなければならない。来年早々に解決しなければならないと決意を新たにする。
ガバナー公式訪問日記を読み返した。加齢で忘れてしまうことが多いのに、その時、その場の光景が目の前に浮かんでくる。驚きである。誤字、脱落、意味不明が目立つので修正した。